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【2025/7/27】「主の力は増して」使徒19:11−20 小河由美子 まだ信仰をお持ちでない方々に、聖書のお話をしたとき、あるご高齢の男性の方が「キリスト教の教えは、すばらしいと思うのですが、聖書に出てくる奇跡になると本当にそんなことがあったとは信じられない。だからキリスト教がよくわからない」と正直におっしゃってくださったことがあります。なんとかキリスト教を理解しようと努力して聖書を読むけれども、聖書の中の奇跡物語が理解できず信仰をもつにいたらないというのです。また、自分にとって必ずしもイエス・キリストが必要だというところまでいかない、そう困ったようにおっしゃいました。人生のまとめの時期に入っておられる方です。 これまでいろいろなことがおありだったと思いますが、一生懸命頑張って働いてこられ、困難な状況があった時にはご本人の努力によってその都度なんとか乗り越えてこられ、今、幸いな人生を過ごしておられます。まじめに働き、幸いな人生を送っている、そういう方は多くおられます。しかし、幸せだけれど何かが欠けている、満たされていないそのように感じる方も多くおられるのではないでしょうか。また漠然とした不安から占いや何らかの偶像、神的存在を必要としておられる方々が多くおられます。 先週の聖書の学び・祈り会で、5000人の給食の奇跡物語のところを学びました。聖書には、旧約聖書の時代から奇跡物語がいくつも記されています。クリスチャンであっても本当かな、信じられないと思う奇跡の数々が記されています。 しかし聖書の中の奇跡物語は、私たちが神さまを信じることへのつまづきとして置かれているのではけしてありません。聖書に記されている奇跡は、人の力によるものではなく、神さまの力によってなされた主の力ある業を私たちに示すもので、天地を創造された神さまの力ある業を私たちが信じ、神さまを信頼し、神さまに希望を見るために書かれているのです。人にはできないが神にはできる、神にできないことは何一つない、無から有を生じさせる唯一の生ける真の神を信じる、その信仰を与えられるために奇跡物語が記されているのです。 聖書にありますように、ユダヤ人が木にかけられた者は呪われると信じ、その木にかけられたイエス様をメシアと信じることができない彼らの十字架へのつまづきと同様に、奇跡物語を信じるには自分の力で聖書を理解しようとする人間の心の頑なさが砕かれる必要があるのではないでしょうか。聖書を説き明かしてくださるのは聖霊の働きであり、聖霊の導きによらなければ誰ひとりイエスは主であると告白できないからです。 さて、今朝の新約聖書、使徒言行録19章11節から20節にはパウロのエフェソにおける宣教での出来事が記されています。 以前、パウロが第2回伝道旅行の終わりにコリントからアンティオキアへ帰る途中に、はじめてエフェソに着いた時、彼はまず「会堂に入り」ユダヤ人たちと論じ合い、人々がもうしばらく滞在してほしいと願いましたが、彼はそれを断り、「神の御心ならば、また戻って来ます」と言いました。今回、その約束が実現し、三回目の伝道旅行で町々を巡回し、奥地を通って陸伝いにエフェソにやって来たのです。 エフェソでは、パウロは、ヨハネのバプテスマしか受けていない信徒に、イエスの名による洗礼を授け、彼らに聖霊が降ったことが記されています。そして、パウロは、まずユダヤ人会堂に入って、そこで三ヶ月の間、神の国のことについて大胆に語り、論じ合い、かつ説得に努めました。しかし、会堂に集まっていたユダヤ人の中のある者たちは頑なになって信じようとせず、会衆の前でパウロの説くキリスト教の福音を非難したのでパウロは彼らから離れ、信徒になった人たちをも会堂から去らせて、ティラノという人の講堂で毎日論じました。 それが二年間続いたので、アシアの住民が皆、パウロの宣教内容を聞いたといわれています。会堂での宣教がユダヤ人の一部によって拒否されたため、パウロは彼らから離れてユダヤ人を含む異邦人地域で宣教し、そこで成功を収めたのです。このように、神さまがパウロの手を通して目覚ましい奇跡を行われたのです。 パウロの肌から手拭いや前掛けが病人に持って行かれると、彼らから病気が去り、悪霊が出て行きました。手拭いは頭に巻いて目に汗が入るのを防ぐ布で、前掛けは汗を拭うために用いられる布のことです。パウロは天幕作りをしていたので、そのときに身に着けていたものなのでしょう。それを病人に当てただけで病気は去り、悪霊たちも出ていったのです。 福音書にも、長い間出血がとまらなかった婦人が、イエス様の衣への接触によって、その病が癒やされたことが記されています。しかし、これは究極的にはイエス様に対する信仰によって癒やされたという奇跡物語であります。イエス様なら必ずこの病を癒やしてくださる、イエス様なら必ず私を救ってくださる、イエス様こそが私の救い主であると信じてイエス様の衣服の端にふれた彼女の信仰に対してなされた奇跡です。 当時のヘレニズム世界には「マナ信仰」と呼ばれるものがありました。「一定の対象、動物、人間やその部分に宿っていて、そこから直接ないし中間媒体をとおして、他者に乗り移りうる、超自然的、しかも物理的力に対する信仰」が広く流布していたそうです。それに対してルカは、「一定の対象」といわれる「人間やその部分に宿って」いる「超自然的」力に対する信仰ではなく、そのような「並々ならぬ力」を、イエス様やパウロを介して引きおこす神に対する信仰を伝えているのです。それは、当時のマナ信仰を超える「神信仰」のメッセージであります。 「ところが、各地を巡り歩くユダヤ人の祈祷師たちの中にも、悪霊どもに取り憑かれている人々に向かい、試みに、主イエスの名を唱えて、『パウロが宣べ伝えているイエスによって,お前たちに命じる』という者があった」のです。 ユダヤ人の祈祷師たち、の「祈祷師」と訳されているギリシア語は、エクソシスト、悪霊追放者、まじない師とも訳されます。当時このようなエクソシストがディアスポラのユダヤ人社会に存在したことを歴史家のヨセフスがユダヤ古代誌の中で「エレザロスという男」として報告しています。彼はエクソシストの一人であったソロモン王の秘儀を用い、ローマの軍人たちが見守る中で悪霊を宿した者から悪霊を解き放ったところ、その悪霊が「水の一杯入った盆だか洗足の鉢だかをひっくり返したといわれています。 ユダヤ人の祈祷師たちの言葉は「パウロが宣べ伝えているイエスによってお前たちに命じる」というものでしたが、この種の定式は、当時、ヘレニズム社会におけるいわゆる「魔術文書」の呪文の中で広く用いられていたようです。 イエスの名で悪霊を追放しようと試みたユダヤ人祈祷師たちは、スケワというユダヤ人の大祭司の七人の息子たちでした。パウロを真似てイエスの名による悪霊追放をしようと試みたのですが、悪霊は彼らに「私はイエスを知っており、パウロのこともわかっている。しかし、お前たちは何者だ」と言い返しました。悪霊がイエス様の本質を超自然的に知っていることは福音書に記されています。「お前たちは何者だ」という問いは、パウロと神信仰を共にしない「お前たち」にはイエスの名によって悪霊を払うことは許されない、と言っているのです。 そして、悪霊を宿していた男は彼らに飛びかかり、彼らすべてを押さえ込み、彼らに勝利しました。このことがエフェソに住むすべての人に知れ渡り、主イエスの名は大いにあがめられるようになりました。このことがあって、イエス様を信じた大勢の人が来て、自分たちの悪行をはっきり告白しました。また、魔術を行っていた多くの者も魔術文書を持って来て、皆の前で焼き捨てました。それらの書物の値段を合計すると銀貨5万枚になったと記されており、銀貨ドラクマは、デナリオンに相当するので5万デナリオンは5万日分もの賃金になります。 「このようにして主の言葉はますます勢いよく広まり、力を増していった」のです。 主の言葉は、今も生きて働き、主はこの世界を救いへと導いておられます。主の言葉の力が増して、福音がひろまっていく、それは私たちを用いてなされる主の御業です。私たちの人生にはいいときもあるし、悪いときもあります。同様に教会にもいいときがあるし、良くない時もあります。目に見える情勢で判断し、あきらめの心を持つのではなく、主の御言葉の力を信じ、聖霊の導きを祈り求め、私たちにできることをなしていきましょう。 |
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【2025/6/8ペンテコステ礼拝】「聖霊に満たされて」使徒2:1−11 小河由美子 ペンテコステはギリシア語で50日目を意味しています。聖霊降臨祭とも言いますが、イエス様が復活されて50日目に約束の聖霊が降ったことを記念する祝祭です。旧約では聖霊の降臨は神の預言の成就でありますが、ルカによりますと聖霊の降臨は復活の主の約束の成就として記されています。 イエス様は十字架による苦難と死の後、神さまに復活させられてご自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話されました。使徒言行録1章8節によれば、復活したイエス様は「聖霊があなたがたに降るとき、あなた方は力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、私の証人となるであろう」と言われ、天に挙げられました。 復活の主に出会った弟子たちは、元気づけられ、イエス様が天に昇られた後もそのお言葉を守り、心を一つにして熱心に祈っていました。使徒言行録1章15節にはエルサレムで一つになって祈っていた人は120人であったと記されています。 イエス様はかつて「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を使わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。」(ヨハネ14:13)と言われました。「真理の霊」とは「聖霊」のことです。そして「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたにわかる。」と言われました。聖霊の働きによって、イエス様と父なる神が一つであることがわかると言われたのです。 弟子たちは、それらのイエス様のお言葉を思い出しながら、復活の主のお言葉を守り、一つになって集まり、共に祈っていた五旬祭の日のことです。五旬祭とはユダヤ教の三大祭りの一つで七週祭のことです。その日、突然、烈風がふきすさぶ時のような大きな音が天からわき起こり、聖霊が彼らが座っていた家全体を満たし、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、弟子たち一人ひとりの上に留まりました。すると皆は聖霊に満たされ、他の国々の言葉で話し出したのです。エルサレムには天下のあらゆる国から来た敬虔なユダヤ人が住んでいましたが、この大きな音で何事が起こったのかと大勢の人が集まってきました。そして集って来た人々は家にいた人々がそれぞれの国の言葉で話しているのを聞いて驚きました。ガリラヤ人がなぜ自分たちの生まれた国の言葉を知っているのか不思議だったからです。しかし、一番驚いたのは自分が知らない言葉で語り出した弟子たち自身ではなかったかと思います。 イエス様が弟子たちに「地の果てまでもわたしの証人になるであろう」と言われたように、主の復活、主の昇天、そしてこの聖霊降臨を通して、弟子たちは主の証し人としての新たな歩みを始めることになりました。このようにして弟子たちの宣教が開始され教会ができたのでペンテコステが教会のお誕生日とも言われるゆえんです。 聖霊を指すギリシア語パラクレートスは、「助け主」、「慰め主」、「弁護者」と訳されています。 聖霊が「助け主」と呼ばれるのは、日々の生活すべてにおいて主が共にいてくださり、導いてくださり、必要な力を与えてくださっているからです。 聖霊が「慰め主」と呼ばれるのは、私たちが様々な苦難、悲しみ、孤独の中にいる時に私たちを守り、慰め、癒し、「御言葉」によって励ましてくださるからです。 聖霊が「弁護者」と呼ばれるのは、私たちが罪を犯した時に、主が執りなしてくださるからです。それらは祈りによってなされていきます。 そして聖霊は、イエス様を信じることができるように私たちを導き、主に在って私たちを一つにしてくれます。なぜなら父なる神とイエス様と聖霊は一つの同じ神だからです。ヨハネによる福音書では聖霊は父なる神と共におられるキリストご自身のお働きであると記しています。それはイエス様が、ご自分を信じる者の内に内在していてくださるということであり、イエス様が共にいてくださるということです。ですから、私たちは一人でいても、決して一人ではない、主が共にいてくださるのです。私たちはこのことを忘れてはなりません。孤独感を感じることはあっても、決して孤独ではない、主が共にいてくださるからです。 また聖霊は教会を建て上げ、イエス様を信じる者たちを、キリストを頭とする一つの体として導き、その使命を果たす力を与えてくださっています。聖霊の働きによってイエス様を信じる者が起こされ、聖霊の働きがその人に罪を認識させ、悔い改めさせ、その人はイエス様による罪の赦しが与えられ、キリスト者として新しい命が与えられるのです。 私が洗礼を受けた教派の先生は、伝道は聖霊の働きによってなされるとおっしゃいました。だから私たちは、聖霊の働きを妨げないようにすることが大事なのだと。私たちは自分の考えや意見に固執し、聖霊の働きを妨げてしまうことが多いからです。正しくないことに対しては、それは間違っていると言わなければなりませんし、悪を防ぐことも必要です。そのために聖霊による導きを見極める判断力を養う必要もあります。その見極める賢さは、御言葉に聴き、神さまに祈り求めることによって与えられるのだと思います。 聖霊は神さまの愛を日々、私たちに注いでくださっています。そして日々、私たちを造りかえてくださるお方です。聖霊の働き感謝し、聖霊の恵みに豊かに生かされる者でありたいと願います。 |
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小河由美子
本日のヨハネ福音書には、イエス様が親しくされていたマルタとマリアの弟のラザロが病気で死んだことが書かれています。マルタとマリアはエルサレムからおよそ3キロの近郊にあったベタニアという村に住んでいました。ルカ福音書にはイエス様が宣教の途中に彼女たちの家に立ち寄られたことが記されています。イエス様が彼女たちの弟のラザロが病気で死に瀕している知らせを聞かれても、すぐには行かず、2日後にベタニアに向かうのですが、その時弟子たちは「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしていたのに、またそこへ行かれるのですか」とイエス様の身を案じてベタ二アに行くことをためらっています。しかしイエス様はこの兄弟姉妹3人を愛しておられたので、ご自分に死の危険があるにもかかわらずユダヤに赴かれました。 イエス様が村に着いたとき、ラザロが死んで4日も経っていました。4日は、ラザロが完全に死んでいたことを強調しています。それはイエス様がこの後でラザロを生き返らせたことが奇跡的であることを福音書を読む人にはっきりと伝えたいからです。なぜなら、当時のユダヤ教の考えでは、人が死んだ時には、魂は再度体に戻ろうと3日間屍体の側に留まっているけれど、3日が過ぎるとそれは不可能になるので、4日は完全に屍体から離れ去るとされていたからです。 このラザロの生き返りの物語は、イエス様の復活による私たちの希望としての復活とは区別する必要があります。これは聖書の他の箇所に出てくる生き返りの奇跡的出来事と同じで、「神は生と死を支配する力を有する」という信仰に立つものです。旧約的伝統は、この神の力が完全に示されるのは終末時においてであって、これらの生き返りは、終末において初めて現実となる究極的復活の徴、つまり予徴として理解されるべきものです。 ベタニアに来られたイエス様にマルタは「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう。しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも信じています。」と言いました。これは彼女の正統的な旧約信仰の告白です。弟ラザロの死に直面しても、イエス様に対する彼女の信頼は揺らいでいません。しかし、その信頼はイエス様を神の人として旧約預言者に寄せる信頼以上のものではありませんでした。それに対してイエス様は彼女に「あなたの兄弟は復活する」と言われたのです。マルタは「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と答えました。イエス様はマルタのその答えを訂正して、「私は復活であり、命である。」と宣言され、ご自分が預言者以上の者であることを教えられたのです。 この宣言はヨハネ福音書にしばしば現れるイエス様の神的自己啓示で、これまで、イエス様はご自分が神によって遣わされた者であるだけでなく、ご自身の業は父なる神の業と同じであり、ご自分と父とはひとつであることを語ってこられました。イエス様と父なる神は完全にひとつであること(10:30)、それは生と死を支配する神の力は今やイエス様に分かち与えられているということです。 イエス様から「わたしを信じる者は死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」と問われたマルタは、その時に旧約信仰を超えるイエス様への信仰を得ました。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであると私は信じております」と答えたのです。終末に実現される預言についてではなく、旧約預言者たちが約束していた預言が今やイエス・キリストにおいて成就し現実となっている、この信仰を告白したのです。 マタイによる福音書11章5節で、イエス様が獄中の洗礼者ヨハネから遣わされた使者に向かって、彼らの見聞きしたことをヨハネに伝えよと告げています。イエス様の周りでは「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、癩を煩っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている」のです。これは預言者イザヤが終末の救いの時に起こるべき出来事として預言していたものです。終末に待望していた救いが、今やイエス・キリストによって現実のものとなっている、これが新約聖書に一貫する信仰であります。 イエス様は、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(25-26節)」と問われました。「わたしは復活である」とは、イエス様は死に打ち勝たれたお方であるということです。「わたしは命である」とは、復活の主には、もはや死の力が及ばず、その命は死に束縛されていない、だから復活の主イエスを信じる者にもまた、死に束縛されない、信仰によって永遠の命が与えられるのだということです。 私たち人間はみな、いつか死を迎えます。人間は死へ向かって進んでいます。だから「人生は本来無意味であり、すべてが虚しい」という虚無主義があらわれます。ニヒリズムは「われわれの生は死に至る生であり、死を目標とする生であるから、それは無意味で無価値な生である」といいます。人は死を免れない、そのことを私たちは、本当はよく知っています。あらゆる不安や心配、そして苦しみは実はそこから生じているからです。 「私は復活であり、命である」との主の宣言は、イエス様を信じる者は、死に限界づけられた人生を生きるのではなく、死の力から解放され、もはやその支配下で生きてはいない、そういう宣言です。死が私たちの生の終局点、結末ではない、だから、たとえ苦しみに満ちた人生であったとしても、死を超えて、命が充ち満ちるときがやってくる、との宣言です。それが世界の終わりになってやっとそうなるというのではなく、私たちのこの世での生活が復活の主イエスを信じる信仰によってすでに死の支配から解放されて命へと移されている、今、永遠の命の恵みに生かされている、ということです。それは、死から考えるのではなく永遠の命から考える、といことです。「わたしは、復活であり、命である」、「あなたはこれを信じるか」と、イエス様は私たちにも問うておられます。 |
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【2025/4/20 イースター礼拝】「キリストの復活」ヨハネ20:1−18 イースターおめでとうございます。 今日はイエス様の復活をみんなでお喜びするお祝いの日です。イエス様は十字架につけられて死なれましたが、三日目に神様によって復活させられました。 イエス様は、ゴルゴタというところで金曜日に十字架にかけられました。マルコだけがその時刻を午前9時と記しています。そしてマタイ、マルコ、ルカの三福音書が昼の12時に全地が暗くなり、それが3時まで続き、イエス様が3時頃に大声をあげて息を引き取られたと記しています。ヨハネはイエス様が十字架にかけられた時刻や息を引き取られた時刻については記していません。マタイとマルコはイエス様の最後の言葉が「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という詩編22編の御言葉であったことを記し、ルカは「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と言って息を引き取られたと記し、ヨハネは「成し遂げられた」と言って息を引き取られたと記しています。ルカとヨハネによるイエス様の最後の言葉は違いますが、四福音書はイエス様が父なる神から託されたご自分が果たすべきメシアとしての職務を果たされたことを示しています。マタイとマルコが記すようにイエス様はわたしたちの罪のためにわたしたちに代わって父なる神から見捨てられなければなりませんでした。父なる神から見捨てられるということは考えただけで恐ろしいことです。イエス様にしか耐えられないことです。イエス様はそれを私たちに代わって引き受けてくださったのです。そしてご自分の為すべきことが終えられた後は、父なる神の御手にすべてをお委ねになられました。 ユダヤ教では、金曜日の日没から土曜日になります。土曜日は安息日ですので金曜日は安息日の準備の日でした。安息日は聖別された日ですので仕事をしてはいけない日です。ユダヤ人は祭りの週の安息日には特に汚さないことに細心の注意を払っていたため、十字架刑で苦しんで死ぬまでに長引くこともありましたので、安息日に死体が十字架にかかっていることを嫌がったユダヤ人たちの依頼で、安息日を迎える前に、遺体を取り下ろしたかったためイエス様の両隣に十字架にかけられた罪人たちは足を骨折させて窒息死させ死を確認しましたが、イエス様はすでに死んでおられたことが明らかでしたので足は折られませんでした。ただ、死を確認するためにある兵士がイエス様の横腹を突いたとヨハネは記しています。 イエス様の死後、アリマタヤのヨセフが遺体を引き取りたいとピラトに願い出ました。彼は最高法院であるサンヘドリンの議員の一人です。サンヘドリンの議員になる人はユダヤ人社会では身分の高い人です。彼はイエス様の弟子となっていて神の国を待ち望んでいましたが、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたのですが、イエス様が死なれて、自分がイエス様の弟子であることをもう隠すことはしませんでした。そして自分が買ってあった新しい墓にイエス様のご遺体を葬りました。かつてこっそりイエス様のもとを訪れたニコデモも、没薬と乳香を混ぜたものを百リトラ持ってきました。ユダヤ人は埋葬のときに遺体に香料を添えて亜麻布で包むからです。墓は岩を掘って作ったもので、墓の入り口には大きな石を扉として転がされました。 イエス様の死は、重罪を犯した者の処刑方法である十字架にかけられて死ぬというものでした。木にかけられる者は呪われると聖書の言葉がありますが、アリマタヤのヨセフがイエス様を自分自身の新しい墓に埋葬したということは、イエス様は名誉ある仕方で埋葬されたということを示しています。それはイエス様がユダヤ人犯罪人墓地に無名で埋葬されたのではなく、また貧者の墓地にただ地中に埋められただけというのではなく、正規に、高貴な墓に埋葬されたということです。イエス様は埋葬の際に、神の子にふさわしい仕方で威厳のうちに埋葬されたということを証明する記述です。 イエス様のご遺体がアリマタヤのヨセフの墓に納められたことを確認したマグダラのマリアは、週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、墓に行きました。マグダラのマリアは前にイエス様に7つの悪霊を追い出していただいた女性です。イエス様を慕ってガリラヤからついてきてお世話をしていた大勢の女の人たちと一緒にイエス様が十字架上で死なれたのを遠くから見守っていました。ヨハネは、マグダラのマリアだけがイエス様のお墓に来たことを記していますが、マタイは彼女ともう一人のマリア、マルコは彼女と、ヤコブの母マリア、サロメは、ルカはそのガリラヤから一緒に来た婦人たちとマグダラのマリアと、ヨハナ、ヤコブの母マリアの名を記しています。 ヨハネはマグダラのマリアを特別な女性として福音書に登場させています。マグダラマリアがまだ暗いうちにイエス様が葬られたお墓に行くと、なんとお墓をふさいでいた石がとりのけてあったのです。墓の入り口から中をのぞいたのでしょう。イエス様のご遺ないことを知った彼女は、急いでペトロとヨハネのところに行ってそのことを告げました。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちにはわかりません。」と「わたしたち」と言っているので墓に言ったのはマグダラのマリアだけではなかったことがわかります。 そのことを聞いたペトロとヨハネは急いで墓へ行きました。若いヨハネの方が先に墓に着き、身をかがめて墓の中を覗くと亜麻布が置いてありました。ペトロが続いてやってきて墓に入ると、亜麻布が置いてあるのとイエス様の頭を包んでいた覆いが亜麻布と離れていたところに丸めてあったのを見ました。それからヨハネが墓の中に入ってくると、彼はそれを見てマリアの言っていたことが本当であったと信じたのです。ペトロもヨハネもまだイエス様が復活されたことを理解していませんでした。マリアと同じく、イエス様のご遺体が取り去られたと思っていました。墓を見張っていた番兵がいたのにどうしてなのかわからず不思議に思いながら家に帰ったのです。 ペトロとヨハネの二人が家に帰っても、マリアはお墓の外に立って泣いていました。泣きながら身をかがめてお墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあったところに、白い衣を着た二人の天使が見えました。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていました。さっきペトロたちがお墓の中に入ったときには見えなかった天使たちがいたのです。天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしにはわかりません。」と訴えました。マリアにとってイエス様のご遺体はとても大切な存在だったのです。まして亡くなられたばかりですから、少しでもイエス様のご遺体と一緒にいたい、そう思うのは自然なことです。マリアは愛するイエス様の死を悼み、できるだけ長くイエス様と共に居たかったのでしょう。私たちもそうだと思います。愛する人が亡くなった時、できるだけ遺体の側に居たいと思います。現代では、遺体を置く場所の確保や葬儀、火葬の日程の都合ですぐに火葬しなくてはならない場合がありますが、可能なら2,3日はご遺体とゆっくり一緒にいる時間があった方が、お別れするための心の準備ができると思います。それは大切な時間です。 泣き続けるマリアにイエス様が声をかけられました。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」 マリアは声をかけた人が園丁だと思って「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります」と言いました。このマリアの言葉に、彼女がどれほどイエス様のことを愛していたのか示されています。 イエス様が「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、声をかけてきた人がイエス様だとわかり「ラボニ」(先生)と言いました。イエス様は、マリアに言いました。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。」と。このイエス様のお言葉は、わたしたちに目に見えるものにすがりつくのはよしなさい」と教えておられるようです。イエス様は続けてこう言われました。「わたしの兄弟たちのところ行って、こう言いなさい。「わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る」と。 マリアはイエス様のこのお言葉に従い、弟子たちのとことへ行って「わたしは主を見ました」と告げ、主から言われたことを伝えました。マグダラのマリアは復活されたイエス様を最初に見た人です。だからヨハネはマグダラのマリアの名だけを記したのかもしれません。復活の主は天に昇られて、私たちの目には見えません。わたしたちは目に見えるものを大切にします。しかし、イエス様は目に見えるものだけではなく、目に見えないそれ以上に大切なものがあることを教えてくださいました。それは信仰、希望、愛です。 余談ですが、アリマタヤのヨセフに関してニコデモ福音書は次のように記録しています。「イエスに特に敵対的な気持ちを抱いていたユダヤ人指導者たちの幾人かがヨセフを逮捕して窓のない棟の中に閉じ込め、死の判決を下したと語っている。けれども、彼は奇跡的な仕方で解放され、ユダヤ人指導者たちの前で証言した」。その伝説の別の変異形では「ヨセフはエルサレム攻略まで閉じ込められていたが、しかし天からの食事で養われて、最後にはティトゥスによって解放された。彼は自分の故郷近くのリュッダで教会を建てたが、しかし最後にはフランスでも英国でも福音を告げた」と伝えられています。 イエス様はすべての人の罪を担って、すべての人の身代わりとなって呪われる者となってくださいました。それは人間を罪の支配から救うために、ご自分の死によって罪を滅ぼし、罪に勝利されるためでした。イエス様の復活は、イエス様が罪に勝利されたことを示しています。そしてイエス様の復活は、私たちに神様の正義を教えます。たとえ私たちの住む世界で悪を行う者が栄えている現実があったとしても、神様の国ではそのようなことは決してないこと、神様はご自分を信じる人を豊かに祝福してくださるお方であることを確信させていただけるのではないでしょうか。 イエス様は私たちに、喜び、希望、平安、使命を与え、真の神礼拝へと導いてくださいます。そして、ご自分を信じる者に永遠の命を与えてくださるお方です。主の復活を心より讃美いたしましょう。 |
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【2025/4/6】「仕えるということ」マルコ10:32−45 イエス様は、ご自分は仕えられるためではなく、仕えるために来たと弟子たちに語られました。今日は、イエス様がおっしゃった「仕える」ということについて聖書の御言葉に聴きましょう。 32節に「イエスは先頭に立って進んで行かれた。それを見て、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた。」とあります。 イエス様は、これまでに二度、弟子たちにご自分の死と復活を予告をされています。そして、これまでは、ご自分のことを人に気づかれるのを好まれなかったのですが、三度目に、ご自分の死と復活を予告されるときには、先頭に立って進んで行かれたのです。ですから、それを見た弟子たちは驚き、主に従いたいと願う弟子たちは、イエス様の十字架に向かって歩むその姿に恐れを感じたのです。そしてその弟子たちに向かって、イエス様は三度目の受難と復活の予告をされたのでした。この三回目の受難予告では、これから自分の身に起ころうとしていることを詳しく話されました。 「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして人の子は三日の後に復活する」と。 このように、これ以上ない侮辱を受けて死ぬこと、そして、三日目に復活することを告げられたのですが、実は、メシアが侮辱を受けて死ぬことは、イザヤ書53章に預言されていましたが、当時の人々はこの預言を見落としていたのです。 この三度目の受難と復活の予告の後、ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが」と申し出ました。イエス様が「何をしてほしいのか」と聞かれると、二人は「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左にすわらせてください。」と願い出たのです。イエス様の右に座るとは、イエス様の次に偉い人を意味します。左にはその次に偉い人が座ります。 このゼベダイの子ヤコブとヨハネとペトロの三人は、イエス様に連れられて高い山に登ったときに、自分たちの目の前でイエス様のお姿が栄光に包まれたお姿に変わったことを目撃しています。イエス様が旧約聖書に出て来る預言者エリヤとモーセと話しておられるのを見るという大変光栄な体験をしていました。エリヤは終末に再来すると信じられていた偉大な預言者で、モーセはイスラエルの民をエジプトから導き出した預言者で、やがて神の国が到来するときにはモーセのような預言者が現れ、自分たちの神の国へと導いてくれる存在として待望されていました。 ゼベダイの子ヤコブとヨハネの願いを聞かれたイエス様は「あなたがたは何を願っているのか、分かっていない。」と言われ、「このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか。」と彼らに問いました。 「杯」は、受難、具体的には死の比喩的表現です。ですからイエス様の杯を飲むとは、主イエスと同様の死を引き受けることを意味しています。 彼らは勇敢にも「できます」と答えました。自分たちは十分にイエス様と一緒に殉教の苦しみを受けることができると主張したのです。しかし、彼らにはイエス様がどのようにして栄光を受けられるのかまだ理解できていませんでした。 当時の背景として、イスラエルがローマ帝国の属国であったという事情も加わって、キリスト(ヘブル語でメシア)(油注がれた者)とは、耐えがたい苦しみにあるイスラエルの民をこれらの支配者たちにから救い出してくれる猛々しい王であると信じて疑っていませんでした。旧約聖書で預言されているキリストの来臨だけに心奪われていたのです。 ところが、実際のキリストは彼らにとって全く予想外のお方だったのです。イザヤ書53章には苦難の僕が預言されているのですが、イエス様の語る栄光と弟子たちが考える栄光が違ったのです。イエス様は、弟子たちの誤解のたびに、真の弟子とはどういうものかについて、教えを説いています。 他の十人はヤコブとヨハネがこのような願いをしたことにたいして腹をたて、抜け駆けしたことを怒りました。他の弟子たちもまた霊的な目を開かれなければならない存在であったのです。そこでイエス様は一同を呼び寄せて、「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかしあなたがたの間では、そうではない。あなた方の中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。」と教えられたのです。 神さまの国で、上の方に立つということは、わたしたちが考えるものとは正反対のものであるということです。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」(マルコ9:35)。とありますように、神さまの国は、わたしたちの考えとは逆転の発想なのです。 あるいは、偉くなりたい、上に立ちたいという思いは神の国とはかけ離れているということなのかもしれません。そういうこの世の人間的な思いを越えて、「仕える」ということが神の国の基本姿勢であることを教えているのです。偉くなりたいために仕えるのではありません。 イエス様は神の子として崇められるべきお方であるにも関わらず、罪深い人間と同じ肉体をとられ、人間の弱さをともに担ってくださいました。そして、本来持たれていた栄光とはまったく逆の、人々からのそしりや嘲りをお受けになり、最も恥ずべき十字架の刑にかかって私たちの罪を償ってくださいました。 イエス様が飲む杯を飲むとは、この世界での栄光を受けることではなく、人々のそしりや嘲りを受けることであり、時には暴力であることもあったのです。 「身の代金」とは奴隷や捕虜を解放するために払われる代金のことでありますが、イエス様は「多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た」とも言われました。 イエス様が多くの人の身代金としてご自身の命を献げられたということは、すべての人に仕えられたという行為です。 「イエス様が飲む杯を飲み、イエス様が受けるバプテスマを受ける」とは、これまでの古い自分に死に、新しい自分に生きることを意味しています。 仕えられるのでなく仕えるように、弱い立場にあって軽蔑されている仲間を受け入れること、それが受難と死に赴くイエス様に従う者の態度なのです。 イエス・キリストは私たちのためにご自身の命を投げ出されたのは、一人一人が大切な存在であるから、その一人一人を守るために十字架にかかってくださったのです。 イエス様が大切にされている一人一人であることを覚え、わたしたちもまたお互いを大切な存在として仕え合っていくこと、これがイエス様の愛の具体的な現れとなります。 「仕えるということ」はイエス様のご生涯そのものでありました。イエス・キリストは神様の愛を伝えるために、神に仕え、人々に仕え、いと小さき者を大切にしてくださいました。 「あなたがたのなかで偉くなりたい物は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい物は、皆の僕になりなさい。」 |
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